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アルペンサイトTOP 02-03 Alpine W-CUP 取材レポート
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【2004年SJ4月号】
クラシック・シリーズ
「冬の祝祭」
比類なき激戦
〔SJマンスリーウォッチ 10〕
佐々木明
〔SJマンスリーウォッチ 11〕
カレ・パランダー
*インタビュー記事
〔TOPICS〕
・「怒りのドーピング」
・「夕方定期便」
・「36歳vs19歳」
・「表彰式はかくし芸大会」
・「世界一豪華なFISレース」
・「イタリアアルペンのルネッサンス」

 他のレポートはこちらから
2004年SJ1月号
2004年SJ2月号
2004年SJ3月号
2004年SJ5月号
2004年SJ6月号

クラシック・シリーズ

比類なき激戦

ボディ・ミラー ワールドカップレーサーに、正月休みはほとんどない。年末12月28日にボルミオ (イタリア) でダウンヒル第5戦を戦った後 (実際には大雪で中止)、年が明けてまだ間もない1月3日には、もうフラッハウ (オーストリア) でGS第5戦がスケジュールされていた。多くのレーサーたちは、12月期の疲れを充分には癒すことができないまま、また新たな戦いに加わることになったわけである。

 新年最初の舞台、フラッハウは、今季の男子ワールドカップの会場の中で、もっとも新興のスキー場。ワールドカップの開催は過去に3回4レースしかなく、国際的な知名度もそれほど高いとは言えない。初開催は95/96シーズン。しかし、以来、ほぼ2年に1度ずつワールドカップの会場を受け持ち、01/02シーズンには最終戦会場の大役をつとめている。フラッハウがこれほどワールドカップ開催に力を入れ始めたのは、ヘルマン・マイヤーのホームコースだからである。彼の活躍と、ケガからの奇跡的な復活を称え、今季からコースの名前にヘルマンの名を冠した。その名も "Hermann Maier Weltcupstrecke" (英語で言えばヘルマン・マイヤー・ワールドカップ・コース)。さらに大会名には"ハーミネーター・フェスティバ"という別名が与えられていた。

カレ・パランダー だが、こうした地元の力の入れようも、ヘルマンの力になることはできなかった。今季のこの時点で、高速系種目で2勝を挙げていたヘルマンだが、GSだけは、まだ本調子とはほど遠かった。この日は、1本目50位とまさかの予選落ち。彼は自分の名前のついたコースで1ポイントも上げることができず、総合トップの座は守ったものの、ライバルたちにその差を詰められる結果となった。優勝したのは、ライバルたちのひとり、ベンジャミン・ライヒ。彼にとっては、2年ぶりの優勝である。最大のスーパースターが惨敗し、やや気勢をそがれた大観衆も、オーストリアの若きエースであるライヒの勝利で息を吹き返し、レース後の会場は大騒ぎとなった。
「この2年間、僕には勝つための何かが足りなかった。だから、その何かさえつかめれば、かならずまた勝てるようになると信じていた。もちろん、ここまでくるのは、簡単な道ではなかった。でも、その可能性があることはつねに信じていたし、だからこそここに戻ってくることができた」。

 ライヒは、これまでの技術系スペシャリストというイメージから脱皮し、高速系種目にも果敢に挑んでいる。すでにダウンヒル14位 (第5戦シャモニ)、スーパーG4位 (第1戦レイクルイーズ) という成績を手に入れ、当然のように総合優勝争いに絡んできた。2位には、マッシミリアーノ・ブラルドーネが入り、彼にとってワールドカップ最高位を記録。これまで4位が多く、どうしても届かなかった表彰台に、ついに立つことができた。

 翌日のスラロームは、カレ・パランダーが優勝した。これでスラロームは2勝目。前のレース、マドンナ・ディ・カンピリオでは2年半ぶりのスラローム途中棄権を喫しているだけに、この勝利は流れを取り戻すという意味で重要だった。いったんは、ジョルジョ・ロッカに奪われたポイントリーダーの座を奪還。フィンランドから応援に来ていた父親の前で、表彰台の中央に立つ親孝行を果たしたわけである。

AK大会の復興
ベンジャミン・ライヒ 今季のアールベルク・カンダハー (AK) 大会は、シャモニを舞台に戦われた。AK大会はガルミッシュ、サンアントン、シャモニの3会場の持ち回り開催が基本。前回シャモニがAK大会を引き受けたのが2000年だから、本来は昨年がその順番だったのだが、雪不足のために中止となっている。さらに今シーズンは同じフランスのヴァル・ディゼールも中止の憂き目にあっているため、シャモニとしては、何としても大会を成功させたかったに違いない。そうした熱の入った取り組みの結果、街の盛り上がり、観客動員数ともに過去のそれを上まわった。3大クラシックレースと称されるラウバーホルン大会 (ウェンゲン)、ハーネンカム大会 (キッツビューエル) に比べ、やや影の薄い存在だったAKに、はっきりとした復興の兆しが見えたのは、このスポーツにとって重要なことだろう。

 そうした名門復興の機運に乗ったのだろうか、ダウンヒルでは、ベテラン勢ががんばった。優勝はもうすぐ35歳のシュテファン・エベルハルターが奪い、2位に33歳のラッセ・チュースが入った。これといった難所がなく、したがってラインどり勝負の様相を呈したこの日のレースでは、彼らの経験がものを言った。いずれも総合優勝をねらう力を持つふたりなだけに、表彰台に立ち大きくポイントを加算したことは、今後の戦いに有利に作用するはず。とくにシーズンの前半、たちの悪いインフルエンザで苦しんだエベルハルターにとっては、待ち望んだ勝利であった。前日までに降った大量の雪がコース上に積もり、早いスタート順の選手には不利な状況だったにもかかわらず、彼は1番スタートで勝った。この勝利が、これまで眠っていた総合2連覇中のディフェンディング・チャンピオンの闘争心に火をつけたことはまちがいないだろう。
 
シュテファン・エベルハルター 翌日のスラロームは、降りしきる雨の中のレースとなった。斜面は、急斜面と呼べるような難所はなく、全体に中・緩斜面が交互に続く単調なコース。本来はワールドカップでもっとも長いスラロームなのだが、雪の状態を考慮し、スタート地点が下げられた。したがって、最初から最後までフルにアタックしないと、好タイムはなかなか期待できない。そんな状況に的確に対応したジョルジョ・ロッカが優勝。前回大会では生涯唯一の勝利をここで記録したアンジェロ・ヴァイスが勝者となったが、この日は彼からコース攻略のアドバイスを受けた、同じイタリアのロッカが、今季初優勝 (通算3勝目) を記録した。ポイントリーダーのカレ・パランダーは17位に沈み、ライナー・シェーンフェルダー、マンフレッド・プランガーといった強豪たちも1本目は上位につけながら、2本目で順位を落とした。雨のためにコースが荒れ、思わぬところに失敗の罠が潜んでいたからである。2位は地元フランスのピエリック・ブルジェが久々の表彰台。しかしこの日のレースでもっとも大きな出来事は、ボディ・ミラーの3位入賞かもしれない。シーズン開幕からスラロームではまったく調子が上がらず、フラッハウでも1本目早々に姿を消した彼が、ようやく復調のきっかけをつかんだことは注目に値する。彼はダウンヒルとのコンビネーションでも優勝をさらい、この日だけで160ポイントの荒稼ぎ。総合ランキングでは10位から一気に4位にまで急浮上した。

 また、膝の靭帯を痛めて休んでいた佐々木明は、約1カ月半ぶりにレース復帰。その最初のレースで9位に入賞した。本人としては、やや不満の残る滑りだったというが、荒れたコースによく奮闘して貴重なポイントを獲得した。

荒れる天候と、もつれる展開
イヴィツァ・コスタリッチ 今季のこれまでのワールドカップでもっとも天候に恵まれなかったのはウェンゲンだろう。ボルミオから持ち越された代替レースのダウンヒルを含め、3レースを行なう予定だったのが、実行できたのは最終日のスラロームだけ。それも、みぞれに近い湿った雪の中で無理やり行なったレースである。もっともこの週のヨーロッパは、巨大な低気圧に飲み込まれ、アルプスのスキー場はどこも大荒れだった。そんな時期にワールドカップがやってきたウェンゲンは、不運だったとしか言いようがないだろう。

 唯一行なわれたスラロームは、そんな天候同様、大荒れの展開となった。1番スタートのマンフレッド・プランガーが、前半でコースを飛び出し、続くカレ・パランダーも途中棄権。さらにシャモニの覇者ジョルジョ・ロッカもゴールまで届かない。結局第1シード15人のうち、7人までもが1本目でいなくなってしまった。通常ならば、硬く凍りついたアイスバーンが選手を悩ますウェンゲンのスラロームコースだが、この日はまったく逆に、湿った軟らかい雪質が、大荒れの展開を招いたと言えるだろう。加えて1本目のセッター、クリスチャン・ライトナーの設定した旗門が、非常に高度な技術を要求。ライトナーはフィンランドのコーチだが、エース、パランダーが彼のセットに対応しきれなかったのは皮肉である。この荒れたレースを落ち着いた滑りで制したのがベンジャミン・ライヒで、フラッハウGSに続き、今季2勝目。スラロームでは約3年ぶりの勝利である。

 キッツビューエルではもともと3レースが予定されていた。男女全種目を行なう最終戦 (今季はセストリエール) を除けば、同一会場で3レース開催というのは、ここだけである。名コース中の名コース、シュトライフを擁し、ワールドカップでもっとも多くの観客動員数を誇るキッツビューエルにしか許されないレース数だが、今季はボルミオから延々と持ち越されてきた代替ダウンヒルも行なったため、全部で4レースの開催。ダウンヒル、スーパーG、ダウンヒルと続き、最終戦がスラロームという順番である。前半の高速系3レースでもっとも安定した成績を残したのはダロン・ラルヴスだった。ダウンヒルでは3位、2位に入り、スーパーGは優勝。3日間とも表彰台に立ったただひとりの選手である。
「世界一むずかしいスーパーGで優勝し、世界一むずかしいダウンヒルで2位と3位。これ以上ないくらい幸せだ。キッツビューエルでは、昨年もダウンヒルで優勝しているが、短縮コースだった。"ミッキーマウス・ダウ"などと言われて、内心おもしろくなかったが、今年はフルスケールのダウンヒルで表彰台に立てたので、なおさらうれしいよ」。

D・ラルヴス 初日のダウンヒルで100分の1秒差でラッセ・チュースに優勝をさらわれたシュテファン・エベルハルターは、3日目のダウンヒルで、今度は2位ラルヴスを1秒21という大差で退けた。長いキッツビューエルDHの歴史の中でも、ダウンヒルで1秒以上の大差で勝った例は、過去にわずか3回しかない。 「今日は、勝ちたかった。どうしても勝ちたかった。だからフルにリスクを冒した。マテリアル、戦略、技術、チームワーク。すべてがうまくいった」。興奮した面持ちで語るエベルハルターは、今や完全に総合優勝争いに加わってきた。

 コンビはシャモニに続きボディ・ミラーの優勝。彼はスラロームでも4位に入り、ふたたび150点の荒稼ぎで、高速系での低迷をカバー。総合4位にくらいついている。

 スラロームは、カレ・パランダーが、彼にとってワールドカップ初優勝を記録した昨年のハーネンカム大会に続き、勝利を手にした。ここはコーチのクリスチャン・ライトナーの出身地でもあり、しばしばトレーニングに訪れるホームコースでもある。昨年同様、変化に富んだ地形を、的確に読んだ落ち着いたスキー操作が光った。

 ファンにとって驚きだったのは、トーマス・グランディの2位入賞だ。1本目はまさかのベストタイムを記録。雪が降りしきる軟らかいコースなだけに、価値あるアタックだった。彼にとってトップに立つのは初めての経験。精神状態しだいでは、大きく順位を落とす可能性もあったが、よく持ちこたえスラロームでは初の表彰台である。

熱狂のナイトスラローム
ヘルマン・マイヤー スラロームとしてはワールドカップでもっとも多くの観衆が集まるシュラドミング。ハーネンカム大会の熱狂からわずか2日後。しかも平日のナイターだというのに、今年も4万1千人のファンがコースサイドを囲んだ。コースは硬く氷結していた。今季の全レースのなかで、もっともよい条件である。優勝はまたしてもベンジャミン・ライヒ。1月だけで3勝を挙げ、しばらくの間、ラッセ・チュースに明け渡していた総合トップに復帰した。そのチュースは、キッツビューエルのダウンヒルで膝を負傷したため欠場。その後ワールドカップを離れノルウェーに帰国し、そのまま膝の手術を受けたという。ヴァル・ガルディナSGでの優勝を皮切りにしばしば表彰台に上っていたチュース。総合トップを走る彼を応援するファンも数多くいたが、この時点でワールドカップ王座復帰は絶望的となった。 ライヒとスラロームの種目別タイトルを争うパランダーは3位。硬い斜面へのマテリアル面での対応が勝負を分けた、と彼自身は分析する。2位は、イタリアのマンフレッド・メルグ。マドンナとフラッハウで5位となり、急成長中の新鋭として注目されていたが、早くも表彰台に到達である。昨シーズンまでは、ヨーロッパカップで戦っており、スラロームの種目別2位。ワールドカップは今季が1年目だが、GSでも非凡な力を発揮し、フラッハウで9位という成績を残している。

 そのメルグがライヒとパランダーの間に割って入ったため、パランダーはふたたび、種目別で2位に下がった。しかし、その差はわずか7点。この段階では、ほとんど0に等しい点差である。

R・シェーンフェルダー スラロームで復調しつつあったボディ・ミラーは、この日ついに1本目のベストタイムを記録した。シーズン前半はまったく歯の立たなかった硬いアイスバーンの急斜面を、見違えるような滑りでアタックし、2位イヴィツァ・コスタリッチに0秒98差をつけて1本目をリード。しかし、2本目はコスタリッチがコース半ばで激しく転倒。そのまま立ち上がることができずスノーボートで搬送されたのだが、その間、ミラーはスタートハウスで10分近くも待たされた。必死で集中力を保とうとしたが、スタートするとやはり滑りが乱れ、4位に転落。手が届きかけていた勝利 (勝てば、2年前のシュラドミング以来だった) は、不運にもするりと逃げていった。

 不運と言えば、佐々木明も不運だった。1本目は抑えて滑って10位。勝負をかければ2本目で上位進出も可能な展開だったが、スタート直後にエッジが壊れ、完走するのがやっとという状態。それでも落ち着いて、このアクシデントに対処したのは、彼の大きな成長の証明と言えるだろう。

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