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03/04 Audi FIS AlpineSki Worldcup 序盤戦イタリアシリーズ
ドロミテの熱い冬
ヨーロッパにおける開幕戦は、毎シーズンフランスのヴァル・ディゼールで行なわれるのが慣例である。だが、今季は11月初めにいったん積雪があった後、暖かい日が続いたためにコース上の雪がほとんど消滅。伝統の"OKピステ"でレースを行なうことが困難になってしまった。そのため、ヴァル・ディゼールで予定されていたダウンヒルはビーバークリーク
(アメリカ)で前倒しで開催され、ジャイアント・スラロームはアルタ・バディアで代替レース。さらに東欧で予定されていた女子の3レースが同様に雪不足でアルタ・バディアとマドンナ・ディ・カンピリオに移ってきたため、結局12月半ば以降のワールドカップはほとんどすべてが、イタリアのドロミテ山塊の周辺で行なわれることになった。行程はアルタ・バディア
(2レース)→マドンナ・ディ・カンピリオ (3レース)→ヴァル・ガルディナ (3レース)→アルタ・バディア (1レース)。選手およびワールドカップ関係者は、レースを追いかけドロミテの山道を東奔西走
(右往左往?)することとなったわけである。 この時期、広大なアルプス山脈の中で満足な積雪があったのは、イタリアでも北東の端に位置するドロミテの山々のみだった。オーストリアやスロヴェニアと国境を接し、スイスにも比較的近いドロミテ周辺は、もともとレース熱が高く、ワールドカップをはじめ各種のFIS公認レースが数多く開催される地域である。それだけに突然の代替レース受け入れにもドタバタせず、的確に対応できたのだろう。例年に比べれば雪がやや軟らかかったものの、タイトなスケジュールを完璧にこなした、その運営力はみごとだった。
そんな"ドロミテの戦い"を経てワールドカップ戦線は俄然、混戦模様になってきた。ゾルデン、パークシティと開幕からGS2連勝で飛び出したボディ・ミラーの得点がその後意外に伸びず、総合得点では集団に埋没。ディフェンディングチャンピオンのシュテファン・エベルハルターも序盤戦は振るわず低迷ぎみ。いずれも決め手を欠き抜け出せないライバルたちを尻目に、12月のスケジュールが終了した時点で総合でトップに立ったのはヘルマン・マイヤーである。交通事故による重傷から本格復帰したばかりの彼が開幕からこれほど元気な滑りを見せたのは意外だったが、2位以下とは僅少差で、先の展開はまったく読めない。事実1月に入ると、その差は瞬く間に縮まり、原稿執筆時には大ベテラン、ラッセ・チュースが2位ベンジャミン・ライヒにわずか1点差で首位に立っている。ここ数年、圧倒的独走か、あるいは2、3人の突出した選手による戦いを見慣れたファンの目には、今季の団子レースはきわめて新鮮だ。総合のみならず各種目別のトップ争いは軒並み熾烈を極める。そんな12月期のワールドカップをプレイバックし、強豪選手たちの03/04シーズンに注目してみよう。
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