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序盤戦イタリアシリーズ 〔SJ MONTHLY WATCH 8〕 イヴィツァ・コスタリッチ
笑顔なき勝利
喜びは、悲しみとセットでしかやってこないのか
表彰台の上のイヴィツァ・コスタリッチに笑顔はなかった。唇を固く結び、うつろな視線は宙を彷徨っていた。その表情をアップで見ている限り、彼がこのレースの勝者などとは誰も思わなかったにちがいない。
マドンナ・ディ・カンピリオで行なわれた男子スラローム第2戦。コスタリッチは2本目のすばらしい滑りで逆転優勝を飾った。2年ぶりのスラローム・タイトル奪還に向けて、最高のレースだったはずである。だが、彼は100点のワールドカップ・ポイントと引き換えに、大きなものを失った。2001年2月に手術を受けて以来、とりあえずは無事を保っていた右膝を壊してしまったからだ。
「中間計時地点の少し手前で、右膝で何かがはじける音がした。そのときはあまり痛みがなかったので、ゴールまで滑り続けた。しかし、過去の経験から言って、これは悪い知らせだと思う。おそらく前十字靭帯が切れたか何かだろう。今日が今シーズン最後のレースにならなければいいのだが」。
膝の故障と甲状腺障害のために欠場中の妹、ヤニツァ同様、イヴィツァのレース人生もケガとの戦いの連続だった。彼は右足に4回、左足にも1回、手術のためにメスを入れている。とくに98年から01年までは、手術に次ぐ手術で、本人の言葉を借りるならば、
「ケガばっかりでワールドカップになんか出ている暇はなかった」 という。 そうした苦しい時期を乗り越えた01/02シーズン、彼は急成長を遂げ、スラローム・チャンピオンの座をつかんだ。正確で美しい滑りと明るくまっすぐなキャラクターは多くのファンを魅了し、今や彼はワールドカップを代表するスターのひとりである。
一方で、彼にはいつもどこかに不幸を背負っているイメージがある。昨シーズンのセストリエールで優勝したときも、背中に極度の痛みを感じながらの勝利だったし、クラニスカ・ゴラで優勝した直後には、タブロイド誌によるスキャンダル報道に巻き込まれた。旧ユーゴスラヴィア連邦。独立にあたっては多くの血を流したクロアチアという出自が影響しているのか、彼は明るい笑顔の向こうに、どこか悲壮感を漂わせるレーサーでもある。そんなイヴィツァには、喜びは悲しみとセットでしかやってこない。この日の勝利は、あまりにも皮肉に満ちていた。
幸いにも、彼の右膝は靭帯断裂という最悪の事態は免れたようだ。約2週間の治療とリハビリの後、1月から彼はレースに復帰した。だが、これからも厳しい戦いは続く。イヴィツァ・コスタリッチのもとに、無条件の喜びが訪れる日は、いったいいつになるのだろうか。
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