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序盤戦イタリアシリーズ 〔SJ MONTHLY WATCH 7〕 ラッセ・チュース
ふたたび戦いの世界へ
生き残るためには、すべてに必死だった
98/99シーズンに彼自身2度目のワールドカップ総合優勝を果たした後、ラッセ・チュースは、ワールドカップのなかで少し独特のポジションに位置するようになった。たとえば、政治の世界で言う
"一丁あがり" のような、頂点に上り詰めたものだけが入ることを許される境地。勝った負けたの生々しさとは一線を画す、静かで穏やかな世界の住人になったようなイメージなのだ。おそらくは、頭を剃りあげたその風貌からくる無責任な連想なのだろうが、ラッセ・チュースにはどこか
"好々爺" の印象がつきまとう。強烈な存在感こそないものの、そこにいれば、それだけでうれしくなってしまう。そんな渋味のある脇役として、ワールドカップに彼はいた。
だが、そんな勝手なキャスティングとは裏腹に、本人は大変な苦しみを味わっていた。 「2年前には自分の力に疑いを持っていた。本当にまだできるのか、と感じていた。すべてがうまくいかず、小さなことでもひどく苦しんだ。やがて若手が台頭し、チーム内でのポジションも微妙になった。生き残るためには、すべてに必死だった」。
4年9カ月ぶりの優勝をヴァル・ガルディナのスーパーGで飾ったとき、ラッセ・チュースはこう告白した。彼は、戦いを求めていたのである。ライバルたちに尊敬され、"一丁あがり"
に祭り上げられることよりも、ライバルたちから恐れられたかった。勝負を超越した生ぬるさよりも、切れば血が出る、そんな生々しさを望んでいた。
彼が4年9カ月もの長期に渡って表彰台の中央に不在だった最大の原因は、呼吸器系に慢性的に持つ疾患である。これが、彼に大きなストレスを与え続けてきた。まだ若く、ワールドカップの総合優勝を争っていた頃でさえ、彼は体調を崩し、しばしばレースを休まなければならなかった。そんなことが重なるにつれ、
「チュースは無理がきかない」 というイメージが定着。前述のような "ぬるい世界" に押し込まれてしまったのである。 だが、今季彼は変わりつつあった。久しぶりに健康の不安なく開幕を迎え、滑りにも鋭さが戻った。そんな変化を、たとえばヘルマン・マイヤーはいち早く感じていた。彼は開幕戦の時点で、チュースの復活を確信していたという。
「去年までは、いざスタートすると難所は思ったよりむずかしいことが多かった。しかし今年は反対にコースが予想以上にやさしく感じられる。少しずつ自信が生まれ、恐れが消えた」。
チュースは、ふたたび戦いの世界へ戻ってきた。柔らかな笑顔の奥に不屈の闘志をたっぷりとたたえ、33歳の元チャンピオンは、今、王座への最短距離にいる。
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