SKI CHANNEL HEADER
SKI CHANNEL
アルペンサイトTOP 02-03 Alpine W-CUP 取材レポート
 ≪TOPに戻る
【2004年SJ2月号】
アメリカズ・オープニング 「白いサーカス、北米に上陸」
男子GS第2戦
男子SL第1戦
〔SJマンスリーウォッチ 2〕
佐々木明
〔SJマンスリーウォッチ 3〕
ボディ・ミラー
〔コラム 1〕
「スラローマーたちのGS」
〔コラム 2〕
「R・シェーンフェルダーの再レース騒動」

 他のレポートはこちらから
2004年SJ1月号
2004年SJ3月号
2004年SJ4月号
2004年SJ5月号
2004年SJ6月号

アメリカズ・オープニング
〔COLUMN 2〕 R・シェーンフェルダーの再レース騒動

裁定が二転三転の大混乱。
最終決着は、いつ?

 ライナー・シェーンフェルダーの再レースをめぐる議論は、二転三転し、この原稿執筆時においても、最終的な決着に至っていない。ワールドカップのレベルで問題とするのは、どうかと思うような単純な出来事なはずだが、当初の予想をはるかに上まわる大きな揉め事に発展してしまった。ここで、事実関係を整理しておこう。発端は、ゼッケン5番のライナー・シェーンフェルダーの1本目の滑走中、コース係員が腰を負傷し、コース脇に座り込んで動けなくなったことである。その位置は、滑走ラインにかなり近く、レーサーの視界のなかに入ることはまちがいなかった。シェーンフェルダーは、この問題の箇所を通過した直後、バランスを崩し、コースアウト。そしてこの後、審判団に再レースをアピールした。 「係員が視界に入って、滑走を妨害された」 というのがその理由である。

 審判団は、暫定的にこれを認めた。シェーンフェルダーは2度目の滑走を行ない、1本目のベストタイムを記録。2本の合計タイムでは、カレ・パランダーに次ぐ2位となった。 問題となるのは、次の2点である。
 まず第一に腰を骨折していた係員の位置が、果たしてインターフェアにあたるかというのが最初の問題点。次にシェーンフェルダーのアピールがルールに基づいて行なわれたかである。ルールによれば、インターフェアがあったと感じたら、即刻止まって、自分のコーチに対して、あるいはジュリー、または担当者に対して、インターフェアがあったことを報告しなければならない。彼の行動が、はたしてこのルールに照らし合わせて正しかったかどうかが、第二の問題点である。

 審判団はこの2点について、2本目の競技開始までの時間を使って検討した。しかしこの段階で結論を出すには、時間が足りなかったため、暫定的にシェーンフェルダーの再レースを有効とした。さらに、後に彼が失格となった場合にもレースを成立させるために、1本目31位のミヒャエル・ヴァルヒホッファーにも2本目を滑る権利を与えた。

 一方、この暫定措置に対して10チームが抗議を提出。2本目終了後、あらためて協議した結果、審判団はこの抗議を容れて、シェーンフェルダーの再レースは無効とした。理由は、シェーンフェルダーは、仮に妨害されたと感じたら、速やかに滑走をやめなければならなかったにも関わらず、当該箇所を通過後にコースアウト。したがってその後に行なったアピールは認められない、というものだった。いったんは、これにて一件落着かと思われた。ところがオーストリアチームが直ちに不服の申し立てをしたために、後日、FIS (国際スキー連盟) の抗議委員会が、再審査することとなった。その結果、委員会はオーストリアの主張を認め、一転、シェーンフェルダーの2位が復活。これが、ことのおおよその顛末である。

 この決定で割を食ったのは、2本目のベストタイムを記録し、1本目31位から11位に上がっていたヴァルヒホッファー。シェーンフェルダーの再レースが有効とされたため、彼が2本目を滑る権利は消滅。せっかくのスーパーランも記録から抹消された。さらにイタリアチームは、この裁定に猛反発。3位のジョルジョ・ロッカが4位に下げられたこともあり、再度抗議を提出したという。事態は今後も変動が予想され、最終的な決着がつくまでまだひと波乱ありそうである。

www.skichannel.ne.jp
<<BACK    TOP▲