アメリカズ・オープニング
〔SJ MONTHLY WATCH 2〕 佐々木 明
スラローム第1戦を、12位という本人としてはいささか不本意な順位で終えた佐々木明が宿舎のホテルに戻ると、スロヴェニアのベテラン、ユーレ・コシールが声をかけてきた。
「とてもいい滑りだったね。きょうは残念だったけれど、近いうちにかならず優勝できるよ」。 「You will win.You will win.」。コシールはそう何度も繰り返した。そして佐々木を励ますように肩を叩き、
「もう少し安定感が出てくれば、君は絶対に優勝できるはずだ」 とつけ加えた。
コシールは1972年生まれ。佐々木よりも9歳年上である。ワールドカップのスラロームで3度の優勝経験を持ち、リレハンメル五輪では銅メダルを獲得している彼は、長い間トップスラローマーとしてこの世界に君臨してきた。しかし昨シーズンから成績が急降下し、10年近く保っていた第1シードから陥落。その後も浮上のきっかけをつかめぬまま、ズルズルとスタート順を下げ、今や49番という屈辱的なゼッケンをつけるまでになっていた。力の衰えは誰の目にも明らかだった。この日も1本目で34位、2本目に進むには、あと0秒36足りなかった。自らの復活を信じ、懸命に戦い続けるのだが、なかなか光明が見えてこないコシールにとって、今が伸び盛りの佐々木の存在は、まぶしく映るのだろう。あるいは、若く、怖いもの知らずで、しかも感動的に速い佐々木の滑りに、かつての自分の姿を見ていたのかもしれない。
実際、この日の佐々木のスラロームは、見るものの感情を揺さぶるような激しさにあふれていた。速く滑ること以外は何も考えない、余計なことを考えないためにインスペクションさえ
(ほとんど) しない--そんな動物的で本能的な彼のスラロームは、現在のワールドカップのなかでもきわだって異質である。とくに1本目の後半、長く続く緩斜面を、アタックに次ぐアタックで突進した滑りは、佐々木明というレーサーが、いかに暴力的な速さを秘めているかをはっきりと示したと言えるだろう。そんな彼の滑りを、驚きと羨望で受け止めた選手は、決してコシールひとりではなかったはずである。
好調な滑り、きしむ歯車
11月初旬にパークシティ入りしてから、佐々木は絶好調だった。しかし、ケガのために調整が遅れている皆川賢太郎がまだ合流していなかったので、日本チームには彼しか選手がいなかった。そこでヘッドコーチのゲオルク・ヘルリゲルは、佐々木を積極的に他チームとの合同トレーニングに送り込んだ。この時期には、自分のペースでトレーニングするだけでなく、他の選手と仕上がり具合を比較しながら調整していくことも重要だからである。昨年はオーストリアチームと一緒にトレーニングすることが多かったが、今シーズンのオーストリアチームは、佐々木との合同練習を避けるようになった。理由は定かではない。しかし、急成長した佐々木の存在を、彼らが脅威に感じ始めているから、と考えられないこともないだろう。代わりに、アメリカチームやスロヴェニアチームが快く彼を受け入れてくれた。そして、トレーニングパートナーとして互いに刺激を与え合いながら、レースに向けた最終調整を進めていった。
スラロームのタイムトライアルでは、佐々木は連戦連勝だった。ボディ・ミラーこそ不在 (乱視を矯正するレーザー手術を受けるため) だったが、アメリカにもスロヴェニアにも、彼が負ける相手は誰もいなかった。一方、GSでは好調のエリック・シロピやダン・スペンサーといった強豪につねにコンマ差でつけていた。つまり、コース条件にさえ恵まれれば、佐々木がGSでも充分に入賞がねらえる力のあることを示したのである。
佐々木は、レースの日がやってくるのが待ち遠しくて仕方がなかった。この好調な滑りを、早くレースでの結果に結びつけたかった。だが、ジャイアント・スラローム第2戦の日、予想もしない事態が起こった。佐々木はスタート時間に間に合わず、出走を許されなかったのだ。レーサーとして何の言いわけもできない初歩的なミスと言わざるを得ないだろう。もちろんただ漫然と遅れたわけではなく、やむを得ない事情といくつかの不運が重なったことは確かである。しかし、当事者たちはそれを言いわけと取られることを望んでいない。そうである以上、ここに書く必要もないだろう。いずれにしてもこのレースにおける佐々木の公式記録は、
「1本目DNS (Did Not Start)」 ということになった。
翌日のスラローム第1戦、佐々木は気合を入れ直して臨んだ。GSの失態は自らの滑りで挽回するしかなかった。カメラを向けると、いつもと同じようにおどけた表情を見せたが、顔にははっきりと
「汚名返上!」 と書いてあった (ような気がした)。
しかし、歯車はやはりどこかきしんでいたのだろう。その気合はやや裏目に出てしまった。1本目、17番目にスタートした佐々木は、爆発的なスタートダッシュの後、急斜面の入口で大きくバランスを崩した。
「意識してはいなかったけれど、少し気負いすぎたのかもしれない。気がついたら後ろに乗っていた」 。レース後、彼はこう振り返ったが、右ターンのきっかけで重心が落ち、あっという間にラインがふくらんだ。コースのアウト側の新雪の層にまで突っ込み、辛うじて転倒を免れたものの、ここで大きくタイムをロス。だが、その後のリカバリーと後半の反撃は圧巻だった。急斜面の最初の2ターンで修正を完了。すぐさまトップスピードに戻ると、あとはひたすらスキーを下に向けたままアタックした。その滑りは、限界ぎりぎりの激しさだったが、慌てた様子はまったくなく、したがって不思議なほど安定感にあふれていた。この1本目について、ゲオルク・ヘルリゲルは、
「あれだけの失敗を犯していながら、パニックに陥らず動きが止まらなかった。つねに次のターンへなめらかにつないでいこうという意識が高かったのが、今日の最大の収穫だ」
と評価した。昨年までは、一度ミスをすると、それを取り戻そうとするあまり滑りが雑になり、転倒やコースアウトというケースが多かった。しかし、この日の彼は失敗からのリカバリーにも大きな成長の跡を示したのである。
ただし、12位という順位に、彼はまったく満足していない。GSの汚名を返上するためにはスラロームで6位以内に入らなくてはならない、と考えていたからである。佐々木は、開幕戦に続き、またしても不完全燃焼でレースを終えた。周囲の期待が高まり、彼自身、目標を高く設定していただけに、失望も大きかった。そしてパークシティからヨーロッパに持ち帰った心のもやもやは、11月29日のケガの遠因になったと考えられはしないだろうか。
シーズン前の準備は順調に進み、滑りも絶好調。すべてがうまく行っていたかに見えたが、物陰に隠れていた落とし穴に、不運にも足をとられてしまった佐々木明。経験不足を指摘するのは簡単だが、彼の最大の武器は、何度でもやり直しのきくその若さである。2月に予定されているレース復帰に向けてもう一度態勢を立て直し、落ち着きを取り戻すことが、今の彼にとって、何よりも重要だろう。